ケリー基準の投資への適用: ポートフォリオに対する最適なレバレッジ

ケリー基準は,ざっくりいうと定率で賭ける際に「収益率の幾何平均が最大になるように賭ける」ということです.ケリー基準で投資をすると,十分たくさん賭け(投資)を繰り返す場合,資産を効率的に増加させることができます(理論的には).
ということで今回は,ケリー基準をもとに,ポートフォリオに対してどれくらいレバレッジをかけたら良いかを考えます.結論としては,実用上はケリー基準でレバレッジをかけるのはやりすぎで,実際に運用するのは大変そうだけど,頭の隅にあるのは良さそう,ということです.
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ケリー基準に基づいたポートフォリオのレバレッジ量

現代ポートフォリオ理論では,ポートフォリオの収益率(リターン)の期待値$\mu$とリスク(標準偏差)でポートフォリオの特性が定義づけられます.
現代ポートフォリオ理論-リスク・リターン

このポートフォリオに$n$倍のレバレッジをかけると,収益率と標準偏差は次のようになります.

\begin{align}
\mu(n) &= n\mu + (1-n)r_f \label{eq:mu_n} \newline
\sigma(n) &= n\sigma \label{eq:sigma_n}
\end{align}

ただし,$r_f$は無リスク金利を表します.$n<1$のときは余った現金を貸出して金利を得ることができ,$n>1$のときはお金を借りてレバレッジをかけるのでコストがかかります.標準偏差は単純に$n$倍になりますね.

接点ポートフォリオであれば,ケリー基準でレバレッジをかけるということは上の図の赤線上の最適点を決めることに対応しています.

さて,ここからケリー基準にしたがって最適なレバレッジ量を考えてみましょう.先程のポートフォリオでは,年間の収益率が$N$通りあり確率的に決まるとします.つまり,ポートフォリオの収益率$R_i$が確率$p_i$で得られるとします($1\leq i\leq N$).なお,この期待値が$\mu$です.

このとき,このポートフォリオの幾何平均は$\prod_{i}^{N}(1-R_i)^{p_i}$になります.これを最大化するようにかけるのがケリー基準ですね.これは次のように近似できます.

\begin{align}
\prod_{i}^{N}(1+R_i)^{p_i} \approx 1 + \mu(n) – \frac{\sigma(n)^2}{2} \label{eq:kelly}
\end{align}

なお,ここらへんの計算は付録を参照してください.

ケリー基準は,収益率の幾何平均の最大化なので,$\mu(n) – \frac{\sigma(n)^2}{2}$が最大になるような$n$で投資すれば良いことになります. 式\eqref{eq:mu_n}と式\eqref{eq:sigma_n}を式\eqref{eq:kelly}に代入すると,最大になるレバレッジ比率$n^*$が次のように求められます.

\begin{align}
n^* &= \frac{\mu – r_f}{\sigma^2}\newline
&= \frac{S_p}{\sigma}
\end{align}

なお,$S_p$はシャープレシオです.

ケリー基準の適用例: 主要な資産に適用してみた

いくつか適当に円建の指数や投資信託を例に,ケリー基準的に最適なレバレッジ量を求めてみました($r_f$=1%).データの都合上,データの期間が揃っていないので,直接比較はできません.参考程度に.
名称年間リターン(%)標準偏差(%)シャープレシオ最適レバレッジ量備考
S&P 500 (配当込み) (円)8.518.20.42.315年間のデータ
出展: my index
TOPIX (配当込)4.617.70.201.115年間のデータ
出展: my index
MSCI コクサイ・インデックス (KOKUSAI) (円)7.8190.361.915年間のデータ
出展: my index
MSCI エマージング・マーケット・インデックス (円)8.923.50.341.415年間のデータ
出展: my index
eMAXIS バランス(8資産均等型)5.508.860.55.75年間のデータ
出展: モーニングスター
eMAXIS バランス(4資産均等型)5.448.110.546.83年間のデータ
出展: モーニングスター
グローバル3倍3分法16.116.90.895.3約15年間のシミュレーション
出展: 日興アセットマネジメント
レバレッジをかける手段は置いておいて,いずれの場合もレバレッジをかけることには意味があるようです.たぶんする人はいないと思いますが,TOPIXだけのポートフォリオを組むという方はレバレッジをかけない方が良いです.

一方で,バランスファンドであれば,5倍から6倍のレバレッジをかけることがケリー基準的な最適値になりますね.おもしろいのが,グローバル3倍3分法で,3倍のレバレッジにさらに5倍の計15倍のレバレッジをかけることが最適になります.

注意点

もちろん良いことだけではなく,注意する点もいくつかあります.というか,めっちゃ注意点がありますが.

運用が大変

ケリー基準は定率で賭けることが前提です.借入金でレバレッジをかけた場合,ポートフォリオの資産価額が変化すると,ポートフォリオにかけたレバレッジも変化します.ポートフォリオの資産価額が増えるとレバレッジ比率が下がります.逆もしかりです.そのため,過度なリスクをとらないようにリバランスが必要になります.

それを回避をするためには,レバレッジドETFを使ってレバレッジをかければ良いです.いずれにしても,リバランスは必要ですが.

最適値はやりすぎ

それなりにシャープレシオが高いポートフォリオであれば,少なくとも5倍程度のレバレッジが最適値になります.

しかしながら,大抵の場合はボラティリティが大きくなりすぎて心理的に投資が継続できるか怪しいと思います.例えば,1日で5%変化した場合,5倍のレバレッジをかけていれば25%変化することになります.これでリバランスを忘れていたなど運用上のミスが加わると,市場から退場してしまう危険性があります.

個人的には,ケリー基準に基づいた最適なレバレッジ量は,かける意味があるレバレッジの最大値としてそれ以下で運用するのが良いと思います.

前提となるリターンとリスクは予想できない

最適レバレッジ量 $n^{*}$ を求めるためには,収益率 $\mu$ とリスク$\sigma$が必要です.しかし,正確にそれを求めるためには,ポートフォリオに対して真の$\mu$と$\sigma$を知っている必要があります.単純には過去のデータから推定するわけですが,結構大きなぶれがありますし,当たらないと思っていたほうが良いでしょう.

したがって,そういう前提のもとでケリー基準を使う必要があります.

必ずしも最速で資産が増えるわけではない

仮にリターンとリスクが正しく見積もられていたとしても,必ずしも最速で資産が増えるわけではありません.

十分多くの試行を繰り返せば,ケリー基準に基づいた投資を行うことで効率的に資産を増加させることができます.しかし,その時間が問題になります.

Rubinstein(1991) によると,$\mu-r_f$=0.025,$\sigma$=0.18というポートフォリオにおいてケリー基準で投資した場合に,95%の確度で現金(無リスク資産)のみに勝つには208年,株式のみのポートフォリオに勝つには4700年かけないといけません.長期投資と言ったっていくらなんでも,ありえないですね(ヽ´ω`)

これを改善するには年単位ではなく,月単位,日単位と試行する回数を増やすことが考えられます.しかし,リバランスのコストが高くなりそうだし,そもそも日単位,月単位で考えたポートフォリオが年単位で考えたポートフォリオと等価かどうかもよくわりません.

いずれにしても,どういう特性をもった戦略であるかを理解して使うことが大事だと思います.

おわりに

今回はケリー基準を投資に適用し,レバレッジをかける際に最適な量をまとめてみました.それなりのシャープレシオのポートフォリオであれば,レバレッジをかけることに意味があります.ただし,ケリー基準での最適レバレッジではボラティリティが高すぎて,運用するのが大変だと思います.実際の運用年数を考えると必ずしも最適ではないですし.

こういうことを念頭におきながら,リスクをコントロールしながら適度にレバレッジをかけるのがいいのかなーと思います.もちろん無理にレバレッジをかける必要はありませんが.

付録: 幾何平均の近似

\begin{align}
\prod_{i}^{N}(1+R_i)^{p_i} &= \exp\left(\sum_i^N p_i \ln\left( 1+R_i \right)\right) \label{eq:geo-mean-1}
\end{align}

まずは$\ln$と$e$を順に近似します.$\ln$と$e$はマクローリン展開すると次式のようにかけます.

\begin{align}
\ln(1+x) &= x – \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{3}x^3 – \frac{1}{4}x^4 + \cdots\notag\newline
e^x &= 1 + x + \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{6}x^3 + \frac{1}{24}x^4 + \cdots\notag
\end{align}

これらの3次以降の項を無視して近似を行うと,式\eqref{eq:geo-mean-1}は

\begin{align}
\prod_{i}^{N}(1+R_i)^{p_i} &\approx \exp\left( \sum_i^N p_i R_i -\frac{1}{2} \sum_i^Np_iR_i^2 \right) \notag\newline
&= \exp\left( E[R] – \frac{1}{2}E[R^2] \right) \notag
\end{align}

となります.ただし,$E[R]$は収益率の期待値です.つまり,$E[R]=\mu$です.$e$のマクローリン展開を使ってさらに近似すると,

\begin{align}
\prod_{i}^{N}(1+R_i)^{p_i} &\approx
1 + \left( E[R] – \frac{1}{2}E[R^2] \right) + \frac{1}{2}\left( E[R] – \frac{1}{2}E[R^2] \right)^2 \notag\newline
&= 1 + \left( E[R] – \frac{1}{2}E[R^2] \right) +\frac{1}{2}\left( E[R]^2 – E[R]E[R^2] +E[R^2]^2 \right)\notag\newline
&\approx
1 + E[R] – \frac{1}{2}\left( E[R^2] – E[r]^2 \right) \notag \newline
&= 1 + \mu -\frac{1}{2}\sigma^2\notag
\end{align}

となります.以上のように大胆に近似して求められます.こちらのブログを参照してください. 別の近似で求めている記事もあります.結論は変わりませんがこちらの記事の方がよいですね. また,金融工学の教科書レベルの話を包括的に理解するには,この本がオススメです.分厚い本なので辞書的に使うと良いと思います.たぶん高校数学がわかれば理解できると思います.

コメント

  1. […] […]

  2. 私はσ2個分、ケリー基準の1/2を個人的な目安にしています